H.F.
H.F.インフラエンジニア
入社年 : 2013/10

ハノイでのオフショア開発を経験し、将来日本だけにとどまらないエンジニアになりたいと思いました。

インタビュアー業務内容について教えてください。

H.F. 今はサービス開発部でGMOメディアのサービス全般のデータベースを中心に保守・運用をしています。
異動して1ヶ月くらいでまだまだ勉強中です。はじめて触ること、知らないことばかりで、すごく刺激があります。

インタビュアー入社して4年半が経ちますが、何か印象に残ったことはありますか?

H.F.もう終わったのですが、オフショア開発プロジェクトに携わって、ベトナムのハノイにあるグループの開発会社で現地の人とアプリ開発を行ったことですかね。2016年5月~12月いっぱいまでの業務でしたが、本当に濃い7ヶ月間でした。
プロジェクトが終わった時は、今までのことが走馬灯のように浮かんできて、感動して泣いてしまいましたね・・・。

インタビュアーどうしてハノイでのオフショア開発に携わろうと思ったのですか?

H.F.(オフショア開発を)やってみないかと上司から声をかけてもらった、というのはあったのですが、もともとエンジニアになりたいと思ったのが大学時代にベトナムに行ったことが大きなきっかけだったのもあります。
大学時代にベトナムへ行ったときは、スマートフォンが出始めで、現地の人はみんなノキア携帯電話を道端で使っていたんです。その光景を見たとき、今後これがスマートフォンがに変わると思うとすごいなぁと、そして自分がエンジニアとして関わるスマートフォン向けのサービスをいろんな人に使ってもらいたいと強く思いました。

インタビュアーエンジニアとして仕事に携わりたいと思ったのがベトナム旅行がきっかけなんて縁を感じますね。大学時代はエンジニアに関わる勉強をしていたのですか?

H.F.全くやっていません。当時は数理学科で古典力学を勉強していました。もともとは学校の先生になろうと思っていたのですが、なんか違うかな、と。たまたま学生のときにベトナムにいってその光景を見たときに、そういう仕事に関わりたいと思いました。
やっぱり自分でサービスを作って、成長させるほうがやりがいがあるな、と強く感じたのです。

インタビュアー未経験でスタートして、ハノイへのオフショア開発に携わるチャンスを掴んだFさん。もちろん上手くいくことだけではなく、ギャップがあったり辛いこともいっぱいあったと思いますが、中でも苦労したことはありますか?

H.F. やっぱり言葉が通じないことです。もともと僕は英語も出来ないのですが、ベトナムではびっくりするくらい英語が通じないですよ!
街に出て英語で話しかけると、他の人に聞いてくれっていわれます。

インタビュアー 言葉の壁って大きいですよね…。ハノイの会社のメンバーも同じように言葉の壁があったと思いますが、そんな環境でどうやってコミュニケーションしたんですか?

H.F. 紙に単語を書いて事細かに説明したり…。
それでも認識違いがあったんですけど、それでも通じない時は実際に一緒にプログラミングをやってみたりしてみました。Javaの知識はあったので一緒にやってみると理解したりしてくれました。

インタビュアー言葉の壁以外に日本とのギャップや印象に残ったことはありましたか?

H.F. 文化は違いますね、朝も夜も早い。8時半始業の6時退社。残業する人はほとんどいなかったです。ベトナムの人は家庭を大事にするので。
昼寝はみんなするので、今もその習慣は残っています(笑)昼休みは1時間30分あるので、1時間昼ごはんで30分は寝ていました。
あとは、日本で働いているGMOメディアの人はサービス開発だけでなくサービスを育てることもしますが、最初現地では受注したものを開発するだけといった感じでした。
開発検証リリースをした後、結果を見るというのは日本側でしかしていないないんですね。
なので自分達が作ったものがどうなるのかが分からなかったので、その結果を届けたいと思って。サービスがどうなったか、数値なんかを伝えたり、ベトナム語で日本側からの感謝の言葉を伝えたりしていました。
そしたら、向こうから感謝の言葉を頂いたのがとても印象的でした。

インタビュアーベトナムの人もそれはモチベーションもあがったんじゃないですかね!

H.F. はい!今までは作ってもらうというので終わっていたので、主観的ですがかなり変わったとは思います。

インタビュアーちなみにハノイでのプライベートって何をしていたのですか?

H.F. 土日は英語の勉強をしたり、安くて美味しい飲み屋がいっぱいあるので飲んだりしてましたね。ビールが1本80円ぐらいでめっちゃ安いです。
先輩と2人で同じ部屋に住んでいたのですが、箱で買いました(笑)冷蔵庫はビールしか入ってなかったと思います…。

インタビュアーオフショア開発を終えて、日本に戻ってきてからの心境の変化とかありましたか?

H.F. とにかく意識が変わりましたね。現地の人は、ベトナム語で書かれた技術資料が少なかったので、みんな英語の技術資料を読んでいました。
その姿を見て、今はまだ負けてなくても、絶対将来抜かれるな、技術的に負けるな。と思いました。
やっぱりベトナムの人は勤勉だなと。僕も頑張らないと行けないと思ってJavaだけではなくそれ以外のところで武器を持とうと思い、データベース系の勉強をしています。

インタビュアーハノイに行ったことをはじめ、さまざまな「挑戦」をされていると思いますが、深町さんから見るGMOメディアの魅力ってなんだと思いますか?

H.F. GMOメディアはいろんなサービスを持っているので、他のサービスで取り入れたものを別のサービスに入れたり、全然違う視点からの意見をもらえたりするのは大きいと思います。
あとは尊敬する先輩がいる環境も魅力的です。
様々な視点から解決策を導き出す方法とか、先輩にいろいろ教えてもらえます。部署やエンジニア同士の雰囲気もすごくいいですよ。
エンジニアでいえば、毎週金曜日に改善ミーティングがあって問題点を洗い出す機会があるので、一人ひとりの問題に注目してもらえる。各サービスにいるエンジニア同士の情報の交換もできます。

インタビュアー最後に、今後挑戦したいことを教えてください!

H.F. ハノイでの業務が個人的には影響が多くて、日本だけにとどまらないエンジニアにはなりたいと思います。
もちろんJavaだけではなくて、他のこともやりたいですし、そんないろんなところで活躍できる人材になりたいです

※所属、業務内容は取材時時点の内容となります。